夢ではモザイクなし
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夢は、願望充足のためのすばらしい舞台ではありながら、あまりにもなまなましい願望、激しい欲求は露骨には表現されません。
夢を見る人が、ストーリーを形成するときに、不都合なこと、不愉快なことを歪曲して表現することが多々あるのです。
これが、心理学でいうところの、
夢の「検閲」効果です。
たとえば、誰かをひどく憎んでいたり、あるいは自分でもびっくりしてしまうような強い性衝動を持っていたりとします。
でも、それをダイレクトに表現してしまったら、あまりのグロテスクさに、夢を見ている本人が心の平静さを失ってしまいかねません。
そこであなたは無意識のうちに、夢のストーリーを上映する直前、映倫ならぬ「夢倫」にかけます。
もちろん、夢ではモザイク加工やボカシなどは使いません。
激しい欲望や強い増悪などのグロテスクな内容を、夢であってもあなたが動揺しないものに、置き換えて表現します。
自由な発想とはいいながら、不都合な願望を自らにつきつけないようにするのです。
その結果、ある恐るべき願望は、無意識に姿を変え、まったく別な表現で表れるので、あなたは安心して夢を見られるわけです。
悪夢は言葉通りの悪いものではありません。なぜなら「悪い」と判断するのは、夢のあと味の悪さとか、日常的な善し悪しの基準に拠っているからです。
たとえば、怪物に追いかけられるいやな夢を見たとしても、怪物から連想できることを突き詰めて考えてみれば、なぜそのような夢を見たかが分かってくるでしょう。
そんな夢を見た原因がわかれば、悪夢もまた楽し、ということにもなるはずです。